” If I was asked my profession at the gateway to heaven, I’d answer that I was a collector. That’s crazy, isn’t it? ”

–Martin Visser: verzamelaar, ontwerper, vrije geest, Bonnefantenmuseum, Maastricht, 2012,P86

どんな人にも様々な面があります。
例えば広く皆に知られたA面の様なサイドと、人知れず情熱を注ぐ自分だけのB面の様な世界があったりと。
もちろん2面だけではないだろうけれど、そういった別のサイドを知った時、人が人に魅了されるということが起こりうるのではないでしょうか。
もっともマルティン・フィッサーはA面もB面もつながっているかの様に僕には映るのですが、どうやら彼はこれを明確に分けていた様です。

前回は家具デザイナーとしてのマルティン・フィッサーでしたが、今回はまだあまり日本では知られていないアートコレクターとしてのマルティン・フィッサー、そしてフィッサー家の人々にスポットライトを当てていきたいと思います。

本ブログに掲載されています画像の一部は Marja Visser氏 より許可を得てご提供いただいたものです。2次使用などはご遠慮いただきますようお願い致します。

( Some pictures in this article were provided with permission by Marja Visser- https://www.martinvisser.org/. Please refrain from copying and using without permission. )

■Martin,Mia, Geertjan Visser

前回のブログでも記述していますが、フィッサーは幼少のころよりアートに興味を持ち始め、20代の頃よりコレクションを始めます。そして、1945年に最初の妻であるミアと結婚。また、兄弟のフィアジャンと3人でコレクションに勤しみます。従来こういったプライベートコレクター達は、多額の資金力を背景にコレクションを行うものですが、彼らはそれとは少し異なっていました。

彼らはその審美眼もさることながら、単なるコレクターの域を超えアーティスト達と直に交流を重ね制作の技術的なバックアップを主導したり、オランダ国内でのアートマーケットの拡大などに積極的に自らが携わっていく事で、アーティスト達との親交を深めていきました。

そういった財力に頼ったコレクション方法ではなくむしろ、アーティスト達との交友を積極的に楽しんだ彼らのコレクション方法は、従来の美術館などが簡単にマネのできることではなく、独特かつ影響力を持ちながら60年代以降のミニマルアートやコンセプチュアルアートシーンにて徐々に重要な立ち位置を形成していく事になりました。

その為、コレクションした作品には彼らに贈られたものや彼らに向けて製作されたものが多数あります。

Sol Lewitt
6 Part piece for Martin & Mia Visser, 1967 – 1968 , SOL LEWITT 
reference : KRÖLLER-MÜLLER MUSEUM – https://krollermuller.nl/en/sol-le-witt-6-part-piece-for-martin-mia-visser

上の写真は親交のあったソル・ルイット(Sol Lewitt)が1968年にマルティンとミアに捧げた作品。 クレラー・ミュラー美術館に収蔵される前は、彼らの家のリビングに飾られていました。また前回のブログに掲載されている写真でも、自邸の庭に彫刻が見られます。

彼らに関する資料に目を通していると、アートピースとしてのコレクションを楽しんでいたと同時に、アーティストとしてそして友人としてのつながりを大切にしていたといったニュアンスのキーワードは随所に見られます。事実Marja氏もクリスト、ソル・ルイットやケリーの名を挙げてよき友人であったとおっしゃっていました。

そんな彼らのデザイナーとは少し違った側面、コレクターとしての足跡を辿って行きたいと思います。

■ Amsterdam era

本格的な活動は彼らがアムステルダムに拠点を置いていた1947年より始まります。マルティンの古巣デバイエンコルフの展示会にてカレル・アペル (Karel Appel)や コンスタント・ニーヴェンホイス(Constant  Nieuwenhuys) を招いたことをきっかけに西ヨーロッパや北欧を起点とする芸術運動CoBrAに参加していたアーティスト作品の収集活動に力を入れるようになります。その収集数は数年後にはかなりの数を数えたそう。

恐らくこれが、彼らの初期の大規模なコレクションの始まりと言えます。

Mia Visser and Carel Appel
Mia Visser and Carel Appel in 1950. 撮影:Martin Visser
reference : Marja Visser- https://www.martinvisser.org/.
Carel Appel
Questioning Children, 1949, KAREL APPEL, gouache on three dimensional wooden construction, Tate Modern
reference : https://en.wikipedia.org/wiki/COBRA_(art_movement)


■Huis Visser

その後二人の子供を授かった彼らは1955年、マルティンが’t Spectrumへ招かれた為にアイントフォーヘン近郊の町ベルゲアイクへと移り住みます。その際に、既に親交のあったヘーリット・リートフェルトへ依頼し作られた家はHuis Visserと呼ばれベルゲアイクに現存し、2011年には国定記念物に指定されています。

Huis Visser / House Visser
Huis Visser 外観
reference : https://nl.wikipedia.org/wiki/Huis_Visser_(Bergeijk)


ですが、このリートフェルトによって設計された住居は膨大なコレクションを保存するには狭すぎたよう。この引越しの際に、CoBrAのコレクションはアイントホーヘン近郊のヴァンアッベ市立美術館に保管されました。
この頃よりマルティン達の無垢な好奇心は、シーンに盛り上がりを見せ始めたコンセプチュアルアートやミニマルアートなどへと向けられるようになります。
その結果、このCoBrAのコレクションは数年後、ピエロ・マンゾーニ(Piero Manzoni)の作品とトレードされることとなります。

その後それらのコレクションを保管する為に敷地内に小屋を増築し、時折アーティスト達に製作の場と使われることもあるようでした。そこでは、パナマレンコ (Panamarenko)や ソル・ルイット(Sol Lewitt) 、ダニエル・ビュラン (Daniel Buren) など国内外のアーティストが製作を行い、その間彼らは Huis Visser で生活をしマルティン達は製作を支えていました。また、マルティンは’t Spectrumの家具を生産していた工場と掛け合い、ミアのオーガナイズスキルとコミュニケーションによりソル・ルイットなどの作品を製造を主導し、展示場所への手配も行うなど、この頃より前述したコレクションの域を超えた活動は活発化していきます。その手腕と評判は瞬く間に国内外、特にニューヨークを拠点とするアーティスト達の間に広まり、これを通して彼らはより多くのアーティストと交流を持つこととなります。

また、Huis Visser自体も1967年にこちらも既に親交のあった、オランダ人建築家 アルド・ファン・アイク (Aldo Van Eyck) によって増築されています。これに関してはコレクションと言えるのか分かりませんが、彼らの自邸もリートフェルトとアイクの共同作品となりました。このような経緯も、彼ら自身のならではの人脈があったからこそと言えるのかも知れません。

Martin Visser 70s
Martin and Marja Visser around 1970 in Huis Visser
reference : Marja Visser- https://www.martinvisser.org/.



この様にHuis Visserを拠点に50年代後半から60年代の間に、マルティン達は多くのアーティスト達と交友を深めコンセプチュアル・アートやミニマルアートのコレクションを膨大にしていきます。この時期、交流のあったアーティスト達の一部を例に挙げると既に上記に登場しているアーティストの他に、Carl Andre、Joseph Beuys、Christo、 Dan Flavin、Donald Judd、Ellsworth Kelly、Robert Morris、Bruce Nauman、Lawrence Weiner…などなどとかなりの数に上ります。

Dan Flavin
Untitled (to Mia and Martin Visser), 1968, DAN FLAVIN
reference : KRÖLLER-MÜLLER MUSEUM-https://krollermuller.nl/dan-flavin-untitled-to-mia-and-martin-visser



特に彼らは前述にもあるようにソル・ルイットとの親交が深かった様で、遂にはルイットの68年のイベント/作品 “Buried Cube Containing an Object of Importance but Little Value ” に参加してます。*1 この作品は、ルイットが Huis Visser 滞在中に考案され、「重要だが価値の低いオブジェクト」を内包したステンレスのキューブを埋葬するイベントで、マテリアリズムの否定や反芸術性をテーマにしたコンセプチュアルアートですが、その「重要だが価値の低いオブジェクト」(何かは分かりません)をミアが用意し、キューブの製作が行われ、拡張中工事中であったフィッサー達の家の基礎となる場所に埋葬されました。*2 

下の写真はその行為が行われたことを示す写真ですが、左上にフィッサー家の人々、右上にソル・ルイットが写っており、その後彼の手によって埋葬されていることが分かります。

Martin Visser & Sol Lewitt
上段左、左からMartin/Mia
Buried Cube Containing an Object of Importance but Little Value,1968, SOL LEWITT
reference: https://www.wikiart.org/en/sol-lewitt/buried-cube-containing-an-object-of-importance-but-little-value-1968


また、これは余談になるかもしれませんが、2017年のヨーゼフ・ボイスに迫ったドキュメンタリーフィルム『ヨーゼフ・ボイスは挑発する』(原題:『Beuys』 )にて、アトリエでマルティン ・フィッサーが1969年にデザインしたラウンジチェア sz09/Nagoya 1に座るボイスの姿が確認できます。Marja氏に確認したところ、直接的にこのチェアを贈ったなどの事実は分かりかねるとの事でしたので偶然ということも考えられるのですが、68年の時点で彼らの交友関係は存在していたので *3 必然と考えても良いのかもしれません。
事実、ボイスのコレクションはそれほど多くなかったようですが、マルティン とミアはボイスの重要性や社会における存在意義について強く評価していたそうです。
ドキュメンタリーのトレーラー/本編については下記からもレンタル視聴することができます。興味のある方は是非。


■The 70s – present


その後、70年代に入ると彼らのコレクションや活動に変化が訪れます。
既にオランダ国内で有数のコレクターとして知られていたマルティン達の下に、 クレラー・ミュラー美術館の接触が始まります。美術館側としては展示・所蔵作品の拡充を狙ったもので、彼らはその大部分を譲渡することに合意することとなりました。現在に至るまでに総勢42アーティスト、400以上の作品をクレラー・ミュラー美術館へ譲渡しています。現在でもこれらの作品の大部分はクレラー・ミュラー美術館に収蔵・展示されてオンラインでもその作品を見ることができます。KRÖLLER-MÜLLER MUSEUM – https://krollermuller.nlen/from-vincent-to-the-present-day/

また、この時期残念なことに、パートナーのミアが病気のために亡くなってしまいます。さらには、チーフディレクターを務めていた’t Spectrumの破産もあり、 マルティンにも転機が訪れることになります。そして彼は、友人の依頼を受けマルティンはロッテルダムのボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館のチーフキュレーターとなる新たな道を選択します。


80年代になるとマルティンは、テキスタイルデザイナーであるジョークと再婚。この頃に彼らのコレクションの趣向は、バスキア (Jean-Michel Basquiat)やキース・へリング(Keith Haring)、A.R. ペンク(A.R. Penck)などのポストモダン期に活躍したグラフィティーアートへと向けられています。

マルティンの趣向は時代と共に変わっていくと言え、ある一定時期のアート作品を収集し続けたわけではないことが分かります。
彼は自らの興味の赴くままに進む人であったと、後にジョークも語っています。 *4 またこの頃になるとマルティンは、ジョークと共に自宅の小屋をアトリエにして家具のデザインを再開します。この時期にデザインされた家具は、’t Spectrumで彼がデザインした直線的なモダンな要素はあまり見受けられず、より自由なデザインとなっています。
この辺りにも、彼の無垢な好奇心を垣間見ることができます。

Martin Visser
Martin Visser in 2006
reference : Marja Visser- https://www.martinvisser.org/.

マルティンは晩年車椅子での生活を送っていました。資料の写真を見ていくと晩年のHuis Visserには、 マルティンの為と思われる手すりなども見られますが、とてもうまく調和しており美しいです。これに関しては完全に推測なのですがおそらく誰かの手によってデザインされたのではないかとも、ここまでマルティンの足跡を辿ってくると自然と想像してしまいます。

また、彼の周りにはアートピース、自身の手がけた家具や、他のデザイナーが手がけた家具などが見受けられます。この辺りも、デザイナーでありながらコレクターであり、好奇心と情熱をもって突き進んできた彼の生き方を表しているようにも思えます。事実、Marja氏によるとデザインにおいても自らのデザインよりも、他者デザインの優れた点を評価することが良くあり、特に同じオランダのフリソ・クラマーのデザインに関してはとても高く評価していたそうです。

一部ですが、こちらからその屋内の様子を見ることができます。
http://www.metropolism.com/nl/reviews/22843_the_martin_visser_home_collection

ブログ冒頭のマルティンの言葉、彼は天国の扉の前ではコレクターであったと答えるといつも話していたそうです。とはいえ、数々の賞を得た現在でも高い人気を誇る家具デザイナーという側面も、特筆すべき事実であることも間違いないでしょう。
今回このようにマルティンとその家族、そしてアーティスト達の足跡をたどっていくことで彼の自由な精神と、絶え間ない情熱に触れた気がします。

来るべきポストコロナ時代、どのように生きていくのか。自らの自由な精神に従順であった生き方を、彼から学んだように思えます。

次のブログではNO AGEのストックより、マルティン ・フィッサーデザインによる家具を紹介していきたいと思います。それでは、また。


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*1 Martin Visser: verzamelaar, ontwerper, vrije geest, Bonnefantenmuseum, Maastricht, 2012,P90
*2 Martin Visser: verzamelaar, ontwerper, vrije geest, Bonnefantenmuseum, Maastricht, 2012,P91-92
*3 Paula van den Bosch , THE COLLECTION VISSER AT THE KRÖLLER-MÜLLER MUSEUM , Stichting Kröller-Müller Museum, 2000,P62
*4 Martin Visser: verzamelaar, ontwerper, vrije geest, Bonnefantenmuseum, Maastricht, 2012,P108


references:

Martin Visser: verzamelaar, ontwerper, vrije geest, Bonnefantenmuseum, Maastricht, 2012

Jojanneke Clarijs , ‘t Spectrum ,Uitgeverij 010 ,Rotterdam, 2002

Paula van den Bosch , THE COLLECTION VISSER AT THE KRÖLLER-MÜLLER MUSEUM , Stichting Kröller-Müller Museum, 2000

Martin Visser
https://www.spectrumdesign.nl/en/designers/martin-visser/

Martin Visser verzamelaar, ontwerper, vrije geest
https://www.architectuur.nl/nieuws/martin-visser-verzamelaar-ontwerper/

Weverij de Ploeg
https://nl.wikipedia.org/wiki/Weverij_de_Ploeg

Martin Visser
https://www.martinvisser.org/

[Special Thanks]
Marja Visser- https://www.martinvisser.org/.

Posted by:noage

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